ウィンタースポーツを楽しみましょう♪

暖かな日が続いてもう春になるのかと油断していたら今朝は雪が積もっていましたね⛄
こんにちは!つねねぇです🐸
毎日オリンピック観戦を楽しんでいます📺

中学・高校時代はスキー部のない学校でアルペンスキーに夢中になり、しかしパッとした成績は出せす、インターハイ出場もかなわなかった…
大学時代は基礎スキーのサークルに所属して岩岳の学生大会で3年生まで順当に順位をあげながら4年生で総合優勝目指すも諸事情により出場できず…
大学卒業後はスキースクールに所属して何年か新潟県代表で全日本スキー技術戦に出場するもデモにはなれず…
その後は当時流行りだしたモーグルの草大会に何年か出場したけど一度も優勝はできず…

こんなふうに目指しているところまでいつも届かないつねねぇですが、今もスキーの指導という好きなことを仕事にできているのは幸せですね🐸
そんなつねねぇもやはり冬のオリンピックはワクワクドキドキします!
特にデュアルモーグルは気持ちがわかるな~
相手の滑りがすぐそこに見えることで普段はしないミスをしてしまったり…
今日は帰ったら新種目のスキーモを楽しみにしています♪

さて、ユースポ!もまだまだウィンタースポーツ真っ盛りです!
〇おやこでGENKI教室・冬・ちびっこスキー体験
〇湯沢町ジュニアスキー選手育成会
〇スキー&スノーボードフリースタイルジュニアチーム
まだまだ活動しますので応援してくださいね(^^)/


おやこスキーの会場、岩原山頂リフト終点からの眺め


同じく…キレイですね


苗場、ゴスペラーズ

 

ウィンタースポーツを楽しみましょう♪」への2件のフィードバック

  1. (^○^)

    爽やかなタイトルです。コルティナ・オリンピックでは日本勢が大活躍しました。
    時差の関係で実況中継を見るのは困難でしたが、ハイライトの部分は日中 繰り返し放送されました。おねぇさんは高校・大学時代、そして卒業後も熱心にスキーに取り組まれ、最後にはモーグルの大会にも連続出場されたということです。
    それだけ青春時代にスキーに打ち込まれたのですから、「冬のオリンピックはワクワクドキドキ」と仰る通り、TVで観戦する度に熱い思いがこみ上げて来たことと思います。
    私などは人間技とも思えない妙技にただ驚くだけでしたが、同じ映像をご覧になってもおねぇさんには別の景色が見えていたことでしょう。
    「デュアルモーグルは気持ちがわかるな~」は 経験した人ならではの「つぶやき」で 余人には理解できない境地です。

    ユースポ!はまだまだウィンタースポーツ真っ盛りとのこと! 沢山のちびっこや生徒たちが参加することを願っています。

    オリンピックは4年に1回ですが、アルペン世界選手権大会やスキーワールドカップなどは毎年あります。そうしたTV映像を見る度に青春時代の血をたぎらせることが出来るのは、若々しい精神と肉体が備わっていればこそです♪♪ おねぇさんがいつまでも若さを保っておられるのは そうした感受性がベースになっているからでは!と率直に思います。

    ところでコルティナ・ダンペッツォ冬季オリンピックは1956年にも開かれました。
    そこでは猪谷千春選手が回転で2位になり、一躍日本の「英雄」になって、教室の掲示板には滑走中の大判の写真が貼られました。
    両親は共にスキーの名手で、彼は2歳の時からスキーを履いて父親に鍛えられたと言われています。その後外資系会社の社長になり、長くIOCの委員もつとめ 最後には副会長になりました。

    当時はトニー・ザイラー選手(オーストリア)の全盛時代で、彼は56年のオリンピックで 滑降・回転・大回転の3種目で金メダルを取るというオリンピック史上初の偉業を遂げました。当時の数年間、彼は各種の世界選手権で「3冠王」を取り続けました。しかし57年に「映画に出演した」ことがアマチュア規定に違反するということで、60年のオリンピックに出られなくなったのを機に映画スターに転身しました。
    不世出の天才はこうしてスキー界を去りました。それなのに現在ではクーベルタンのアマチュアリズムなどは「どこ吹く風」で 完全に忘れ去られてしまいました。というよりも今はIOCが率先してオリンピックの商業化に注力しているのが実態で まさに「隔世の感」です。

    ところで岩原山頂付近からの2枚の写真はいい写真です。
    「あざみの歌」の歌詞は、冒頭で「山の愁い」と「海の悲しみ」を対比していますが、私は無条件に「山の愁い」をとります。
    やはり湯沢はいいところです。

    返信
  2. ユースポ!

    いつもブログをご覧くださりありがとうございます!
    「1956年コルティナ・ダンペッツォ」と「猪谷千春」はつねねぇが20代前半にスキーの準指導員、そして指導員の資格をとるときの筆記試験で「必ず出る」と言われ一生懸命覚えたワードです。
    その他にスキーの用語はもちろん、「西高東低」とか「観天望気」とか必死で覚えたものです。
    もちろん、実技も10種目くらいあり、その他に面接もありました。
    ふたつのワードで若かりし頃を懐かしく思い出しました
    ちなみにその頃の体重はなんと今より+12kg!(^^;

    返信

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